紫歌|shika – 私は、もうこれ以上、自分を小さくして生きるのをやめます –
「こうでなければいけない」という型に押し込まれ、言葉を削られ、自由を奪われる世界で、私は生き残ってきました。
それでも、私は自分を認める。身近な大切な人を認める。
そして、ここから先は 私が私のまま生きることを、はっきり選びます。
私は子どもの頃から、「生活させてやってるんだから言うことを聞け」「謝れ」と言われて育ちました。
それは「教育」や「しつけ」の形をしていたけれど、私にとっては自由や自我が削られていく体験でした。
「こうでなきゃいけない」が正しさとして置かれるたびに、心も体も、少しずつ呼吸ができなくなっていきました。
私は“否定される痛み”を知っています。
そして、否定され続けた人が、自分を守るために必死で立ち上がる姿も知っています。
私はその姿を、弱さではなく強さだと思っています。尊敬しています。
私は、いろんな世界を見てきました。
きらびやかな場所も、泥のような現実も。
求められる「型」に合わせてみたこともあるし、自由に生きようとしてみたこともある。
でもどこへ行っても、こう言われる。
「これでなきゃいけない」──どうして?
私は、自然が美しいから美しいと思って生きたい。
おいしいからおいしいと言って生きたい。
嬉しいときに笑って、好きに表現して、ファッションを選ぶ。
それで、なんでいけないの?
なんで、それだけで生きられないの?
なんで人は人を管理するの?
なんで「こうでなきゃいけない」と決めつけるの?
やめてよ。もう生きられない。
私はずっと言われてきました。
「あなたの言ってることがわからない」
噛み砕いて説明しても、説明しても、否定される。
でも私は守る。私は間違ってない。私は自分を認める。
それが人間でしょう?
皆さん、そうじゃないですか。
何が、管理される社会で“自由”なんですか。
自由を、束縛の言い訳にしないでほしい。
管理されて苦しいなら、苦しいって言っていいはずでしょう。